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復興支援予算19兆円の行方

東日本大震災の復興予算19兆円のうち、半分以上が我々国民の所得税や法人税や住民税で賄われています。

その使い道は一体どうなっているのか?

先日NHKスペシャルを観て愕然としました。

被災地復興のためだと、なんだかんだ理由をつけて、本当に必要な地元の人たちに十分なお金が回されていない実情。

反捕鯨団体対策関連費が23億円、国立競技場の補修費が3億円。

これらが被災地復興に何の関係があるのかさっぱりわかりません。

さらには、昨年まで別の予算で確保されていた沖縄県にある海岸沿いの国道の防波堤工事に地震対策という名目がつけられて補助金が回されていたり。

一度無くなった事業を被災地にちょっとだけ絡めて再開させたりと。

全くもって遺憾であると言わざるを得ない。

風が吹けば桶屋が儲かるみたいなことをいずれ被災地のためだからと平気で言っているお役人。

そもそも国が19兆円確保した時点で、各省庁からの分捕り合戦になっている構図では、被災地に十分なお金が行き渡らないのは、残念ながら当然のことなのかもしれません。

まずは、道路や建物を震災前の状態に戻したら一体いくら掛かるのか?

そこがスタートラインです。

国の推計では被害総額は17兆円ということですから、19兆円で十分賄えるではありませんか!

元通りにするためだけにお金を使うと決めずに、“日本全体の再生”などという拡大解釈できる基本方針を政府は作ってしまった。

これが最大の過ちです。

結局のところ、政治家は現地に行ったこともないお役人たちにいいように使われてしまっているのです。
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今に継承される想い

東北地方の伝承を記録した、柳田國男の「遠野物語」という著書があります。

全119話からなる本編の第99話は、津波で妻と子どもを亡くした男の話が綴られています。

男は、生き残った子どもと一緒に海岸に小屋を掛けて暮らしていた。

霧が立ち込めるある月夜の晩、海辺に向うと二人の男女がいた。

近寄ると、女はまさしく亡くなった妻だった。

名を呼ぶと振り返り、にこっと笑った。聞くと、今は夫婦でいるという。

生き残った夫が妻のところに婿入りする前に、妻が思いを交わしていた男なのだという。

夫は、生き残った子どもは可愛くないのかというと、妻は悲しそうな顔をして去っていった。

妻を亡くしたこの夫の名は「福二」という実在した人物で、話の内容も実際に起きた明治三陸津波(1896年)から1年後の出来事です。

福二という人物が語らなければ、この話は誰にも伝わることはなかったわけです。

この話は、岩手県山田町の田の浜が舞台となっており、その子孫は今も田の浜で暮らしています。

20代の頃、母からこの話を聞かされた福二さんの四代後の子孫にあたる男性は、現在奥さんと娘さんの3人暮らしですが、家を津波で流され、今は仮設住宅での暮らしです。

そして、この話を伝えてくれたお母様は、東日本大震災の津波で帰らぬ人となってしまいました。

無常にも繰り返されてしまった歴史

第99話は、話だけを聞くと、男のせつない想いを描いた作品という印象が強く残りますが、震災が起きた今、この話は100年前に起きたこれも現実の話であることを突き付けられます。

こうした亡くなった方々の霊と出会う話は、震災後の被災地では珍しい話ではないといいます。

震災と共に断ち切られた時間は元には戻りません。

想いを語らず心にそっとしまっておいた話や、普段は口に出せなかった感謝の言葉など、もう一度会ってきちんと伝えたい。

被災された大勢の方々の強い想いがこうした現象を引き起こしているに違いありません。

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震災から1年 今できること

早いもので東日本大震災から1年が経ちました。

あの日は平日で、普段通りに仕事をしている中、緊急地震速報装置が鳴りました。

予測震度2という警報だったので、特に驚くこともなく、様子を見守っていました。

最初の揺れは穏やかでした。

しかし、次第に揺れは大きくなり、まるで船に乗っているような感覚が延々と続きました。

今までに経験したことのない地震です。

すぐに頭をよぎったのは、「東京から離れた遠くの地方で、もっと大きな地震が起きている」ということでした。

嫌な予感は的中しました。

テレビに目を向けると、東北地方で最大震度7という大きな地震。

阪神淡路大震災クラスの地震が東北地方で起きたのだと思いました。

しかし、そのときはまだ、日本列島の太平洋側を覆うように点滅する大津波警報が何を意味するのか想像もつきません。

地震発生から30分以上が経ち、テレビに映し出された映像は、とても現実とは思えない光景でした。

まるで特撮映画のように次々と家や車が流されていきます。

これはとんでもないことが起きたと実感したのはこの映像を見たときからでした。

そして、福島の原発事故が起き、これはもはや他人事ではないと思いました。

この1年の間、多くの映像や現地での被害状況を目の当たりにしましたが、未だに広い大地を20m近くの津波が覆うことなど、とても想像することができません。

津波によって亡くなられた方々にとっても、遥かに想定外のことだったのです。

また、津波が押し寄せてくる映像を延々と携帯カメラで撮影している映像もありました。

撮影していた方は間一髪逃げることができましたが、後々とても反省をしたといいます。

津波が来るまでに逃げる時間は十分あったはずなのに、なぜこれほど多くの方々が犠牲になってしまったのか?

研究者によれば、これは、人間における3つの行動心理の中に答えがあるといわれています。

■正常性バイアス

平易に言えば「私に限っては大丈夫だろう」という、根拠のない自信です。

人は、危険を感じると強いストレスを感じます。

しかし、強いストレスはできるだけ避けたいので、無意識のうちに、危険を見て見ぬふりをしてしまうのです。

■愛他行動

危機的状況に直面すると、自分の命を差し置いてでも他者を助けようとする心理です。

高齢者の多かった地区では、多くの人が他者を助ける過程で命を落としたそうです。

■同調バイアス(集合的無知)

少数の意見より多数の意見を重視してしまう心理です。

これは、意見が実際に正しいかどうかは関係ありません。

「大津波が来るから高台に逃げろ!」

と、誰か一人が叫んでいても、周りの多数の人間が平気そうな様子だと、間違った多数の意見を重要視してしまい、正しい少数の意見をデマやウソのように扱ってしまうのです。

これらのことを教訓とし、起きた時に何かを手がかりに考えるのではなく、起きる前に起きたときの行動を決めておくことが肝要です。

今自分にできる最低限のことは、教訓から学び、2度と悲惨な事態を招かぬよう準備をすることだと思います。

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ビジネスと社会貢献

最近会社から歩いて行ける場所に、たこ焼きを食べながら酒を飲み、カラオケまで歌え、夜はサラリーマンたちで賑わっている場所があると聞き、「一体どんなところだろう?」と気になっていました。

カンブリア宮殿を観てその正体が分かりました。

それは、日本一のたこ焼きチェーン『築地 銀だこ』を展開している㈱ホットランド社が手がけている『ホット横丁』というものでした。

ホット横丁とは、B級グルメ店のフードコートのような場所です。うわさ通り、カラオケも楽しめるようです。

被災地の石巻では、震災から僅か4ヶ月後の昨年7月にホット横丁がオープンしました。

通常の店舗ですと、建物が出来上がるまでに時間がかかりますが、ホット横丁の特長として、個々の店舗はトレーラーハウスでできているため、移動も含めてスピーディーに構築することができます。

ホットランドの佐瀬社長は、ある一人の社員のお父様が石巻で津波にさらわれたという話を聞きます。

「現地では温かい食べ物が求められています。たこ焼きはみんなに喜ばれると思う」という社員の言葉を聞き、すぐ現地へ炊き出しに行きました。

現地では歓迎の声と拍手で迎えられ、行列まで出来ました。

「このままでは終われない」佐瀬社長はそう感じたそうです。

そして、小さくてもいいから石巻に銀だこを出店したい。

そう考え、物件探しに回りますが、建築資材も乏しく諦めるしかありませんでした。

試行錯誤の末、たどりついたのが、『ホット横丁』だったのです。

ホット横丁では10店舗以上が軒を連ねます。

なによりも素晴らしいのは、そこに集まるのは地元の“お客様”だけではないということです。

100人ほどの雇用も同時に生み出しているのです。

地元の方々にとって仕事があるということは、生活をしていくうえで何よりも大切なこと。

これこそ、大きな社会貢献です。

驚くことにホットランド社は、昨年の12月に本社を石巻市に移しました。

そして、地元の水産業を立て直そうと、銀だこで使用するタコの養殖や水産加工業なども、石巻で出来ないかと真剣に考えています。

ホットランド社の幹部たちは、社長を含めほとんどが高卒以下でアルバイトからの叩き上げです。

佐瀬社長も自らおっしゃっていますが、「我々は雑草集団である」と。

優秀な人が何人集まろうと、頭で考えるだけで行動に移さなければ、やらないのと同じ。

スピード、パワー、そして団結力の大切さを教えてくれます。

またそれと同時に、ビジネスと社会貢献のあり方についても、考えずにはいられません。

テーマ : みんなに紹介したいこと
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【完結編】岩手なう

今日の朝方バスで東京に戻ってきました。

前回、前々回とそのまま仕事に向かいましたが、今回は無理せず有休を取りました。

旅行中は全てスマホでブログを書かなければならないので、あまり詳しく載せられませんでしたが、せっかくの機会ですので、色々とご紹介させていただきます。

■まめぶ汁づくり体験

まず、初日の朝食に出てきた“まめぶ汁”づくりの様子がこちらです。

まめぶ汁づくり まめぶ汁完成

丸いお団子のようなものが、“まめぶ”と呼ばれています。

小麦粉をこねて丸くして潰します。中にくるみと黒砂糖を砕いたものを入れて包み、また丸めます。

韓国の“ホットク”というお菓子の餡に近いかも。

この“まめぶ”だけ自分たちで実際に作りました。

黒砂糖が溶けて、ほのかな甘味とくるみの香ばしさが絶妙にマッチして、とっても美味しかったです(^^♪


■野田村の天然塩づくり

のだ塩工房

作り方は至ってシンプルで、汲み上げた海水をひたすら煮ながら漉します。

海水の水を丁寧に蒸発させます 火は薪を使います

1000kgの水から約15kgぐらいの塩がとれるそうです。

我々も塩作りを体験させてもらいました。

塩作り体験 天然塩の完成

小さめの窯とガスバーナーを使って約2時間ぐらい煮ながら漉すと右のようになります。

本当の塩づくりはもっと丁寧に時間をかけて、乾燥させたりする工程もあるのですが、あくまで体験ということで省略しています。

できた塩は、袋に少しずつ取り分けてお土産としてもらいました☆彡

■浄土ヶ浜

岩手県の宮古市にある海岸で、国の名勝にも指定されています。

雪が降っていて、ちょっぴり寂しい感じですが、それもまた風情があっていいのかも。

浄土ヶ浜

■龍泉洞見学

日本三大鍾乳洞のひとつ、龍泉洞を見学しました。

地底湖が青く澄んでいて、とても神秘的だったのは印象的でしたが、何が一番よかったかといえば、食べてはバス移動を繰り返していた我々にとって、運動になったことです。

龍泉洞

最初は平坦な道のりですが、途中で狭くて急な階段が続きます。

でも、登りつめて頂上から見渡す眺めは、最高でした。

■三陸鉄道

鉄道ファンには、たまらない光景でしょう。

北リアス線 南リアス線

左が北リアス線と呼ばれ、久慈~宮古間を走行しておりますが、震災の影響で、途中の区間はまだ動いておりません。

写真はその途中の区間に立ち寄り、止まっているところを撮影しました。

右は南リアス線と呼ばれ、釜石~盛間を走行しておりますが、こちらは残念ながら運行のめども立たない状況です。

写真は釜石駅で撮影したものです。

三陸鉄道が復活したら、また、のんびり旅行をしてみたいですね。


初めて知ったのですが、岩手県は本州一の面積で、北海道に次いで広いそうです。

北のほうは南に比べてまだ被害は少ないそうですが、それでも所々瓦礫の山や、傾いたままの建物などもまだ多く目につきます。

瓦礫の山 傾いた建物

建物の復旧工事

雪にも関わらず、復旧工事に携わる方々の姿も目にしました。

引き続き自分にとっての“できること”を模索していきたいと思います。

テーマ : 行ってきました☆
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プロフィール

gaku+

Author:gaku+
ニックネーム GAKU(本名:まなぶ)
1974年生まれ B型 水瓶座
平成6年から都内の某放送通信系企業に就職
技術・営業・企画と携わり現在に至る

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