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あきらめない心【後編】

畠山氏のカキ養殖における苦難は、今回の震災に始まったことではありません。

***

高度成長期の1960年代、気仙沼湾で赤潮が発生するようになった。環境悪化が原因。

大量の水を飲むカキはもろに影響を受けた。

3年かけて育て上げた極上のカキは、その身が真っ赤に染まり、売上は激減。

同業者は次々とカキ養殖をあきらめ、気仙沼から去った。畠山氏も廃業寸前まで追い込まれた。

そんなとき、唯一の救いは母の言葉だった。

「笑顔でいなさい。下を向いてはいけないよ」

そして、転機がやってくる。知り合いの招きでフランスを視察する機会を得た。

畠山氏は地元の人に聞いた。「ここでは、どうして赤潮が発生しないのか?」と。

すると答えはすぐに返ってきた。

「私たちは、森を手入れしている。森は海のおふくろなんだ」と。

帰国してすぐに気仙沼湾に注ぐ川に沿って山へと向かう。上流では森が伐採され、ハゲ山が広がっていた。

役場にかけあい、木を植える許可を得た。

時間を作っては山へ向かい、たった一人で木を植え始めた。

しかし、思わぬ知らせが届いた。この川で森を水没させるダム建設の計画が進んでいたのである。

畠山氏は悩んだ。「海を守るために、森を守る」どうしたらこの考えをわかってもらうことができるだろうか?

そして、北海道大学で研究しているある教授の存在を知った。

海の環境を良くするには、山の腐葉土に含まれる鉄分が不可欠である。

しかし、その理論は当時確立していなかった。

気仙沼湾でそれを証明するためには多額の調査費用が必要だった。

工面するお金の当てがない畠山氏を、母が救った。

船を新しくするときのためにコツコツと貯めていたお金の入った封筒を差し出し、こう告げた。

「下を向いてはいけないよ。自分のやり方を貫きなさい。」

自分の考えでやってきたことは、他人のせいにできない。だから自分でやるしかない。

畠山氏の迷いは吹っ切れた。

教授とともに2年間海水を調査し、気仙沼湾の鉄分の9割が山からの水によってもたらされていることを証明した。

ついには、市の議会を動かし、ダム計画は凍結された。

畠山氏は、今まで以上に植林活動に力を注いだ。次第に人々の輪が広がっていった。

木を植え始めて7年目に変化が起きた。

夏場枯れていた山の水が再び湧きだし、イワナやヤマメなどの川魚が再び戻ってきた。

さらに3年後、ついに赤潮が消えた。再び見事なカキが取れるようになったのだ。

***

このドキュメンタリーを通じて、畠山氏から学ぶべき“あきらめない心”をまとめました。

■ピンチの中でチャンスを見出す(津波の年はカキがよく育つ)

■自分の信念を貫き、他人のせいにしない。すなわち、これから先も自分でやるしかない。

■最初は一人の活動でも、情熱を持ち続ければ、やがて人の心を惹きつけ、輪は広がる。

■あきらめずに長い間続ければ、環境を変えることだってできる。

そして、畠山氏の一番の原動力は母の存在でした。

残念ながら今回の津波によって帰らぬ人となってしまいました。

しかし、いまでも母の言葉が畠山氏の背中を押していることは言うまでもありません。

気仙沼産の「奇跡のカキ」には、幾重もの想いが詰まっていることを知りました。
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テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : ブログ

プロフィール

gaku+

Author:gaku+
ニックネーム GAKU(本名:まなぶ)
1974年生まれ B型 水瓶座
平成6年から都内の某放送通信系企業に就職
技術・営業・企画と携わり現在に至る

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