FC2ブログ

本気の交渉

夕方に少し小腹が空いたので、マックに立ち寄りました。

100円マックに「チキンクリスプ」という新しいメニューが加わり、それとプレミアムローストコーヒーを頼みました。

カフェチェーン店でコーヒーが1杯200円なら安いほうですが、食物がついてこの価格ですから格安です。

そんなことを考えながら、日本マクドナルド誕生の秘話について書いてみようと思いました。

日本でマクドナルドが開業したのは、1971年7月20日にオープンした銀座三越店が第一号店です。

日本マクドナルドの創業者は、今は亡きカリスマ経営者の藤田田(ふじたでん)さんです。

藤田氏の伝説は色々ありますが、その中で有名な話としてはこういう逸話があります。

事業家を目指してはるばる佐賀県から上京したある一人の少年に面会の機会を与えました。

アメリカでこれから学びたいというその少年に対し、藤田氏はこうアドバイスをしました。

「今はこの部屋くらい大きいコンピュータも将来、ハンディなものになる。コンピュータは伸びる。コンピュータだけ勉強してらっしゃい」

その少年こそがソフトバンクの孫正義社長です。

マクドナルドは、マクドナルド兄弟が二店のハンバーガーショップの繁盛店を経営し、それに目をつけたアメリカの外食王と呼ばれるレイ・クロックという人物がフランチャイズ契約を結び、全米に店舗を増やしていきました。

そしてアメリカでの成功を機に、世界へ進出していきました。

日本では、藤田氏が経営するハンドバックなどの貿易会社「藤田商店」と合弁契約を締結しスタートします。

マクドナルドの日本展開については、当時多くの商社や流通・食品メーカーが名乗りを挙げていました。

レイ・クロック氏の元には、数百社の日本企業から提携話やフランチャイズ展開の契約話に押し掛けていました。

しかし、何の決め事についても、いちいち本社の稟議に掛けてからでなければ、次のステップに進めない日本のビジネスのやり方、官僚主義的体質にクロック氏は辟易していました。

そこで藤田氏に白羽の矢が向けられたのです。

藤田商店は当時のマクドナルドのスケールと比較したら、問題にならないほど小規模の企業です。

それでも、積極果敢で自ら先頭に立って、マクドナルドに集中してくれる経営者は藤田氏しかいないということで、ラブコールを送ったのです。

契約交渉において、藤田氏は一歩も引かなかったといいます。

例えば、アメリカのアドバイスは受けるが命令は受けない、従わないというもの。

出資比率は50対50で、利益は持ち帰らず、再投資に当てるというもの。

つまり、米国マクドナルドの圧力を極力回避し、自分の好きなように事業をやらせて欲しいという裏返しです。

さらにロイヤリティについては、初めは売上の5%が提示されたが、藤田氏が難色を示し、1%を逆提示します。

これにはマクドナルドも驚き、せめて3%にして欲しいと2回目の提示をするも、藤田氏は頑として譲らず、「嫌ならやめる」と突っぱねます。

そして、世界で一番安いロイヤリティ1%が実現しました。(30年契約)

ちなみにアメリカでは「マクダーナルズ」ですが、日本での呼称は日本人が親しみやすいよう「マクドナルド」と決められたのも藤田氏のこだわりからです。

本気で成功させたいという意気込みが伝わってきたからこそ、交渉は成立し事業も成功へと導びかれたのです。

我かく生きビジネスに勝利す!
スポンサーサイト



テーマ : 伝えたい事
ジャンル : ブログ

プロフィール

gaku+

Author:gaku+
ニックネーム GAKU(本名:まなぶ)
1974年生まれ B型 水瓶座
平成6年から都内の某放送通信系企業に就職
技術・営業・企画と携わり現在に至る

カレンダー
04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
ACCESS