FC2ブログ

ボランティア活動 in 石巻【あの日の話】

2011.3.11

あの日、大津波が家屋や車に次々と襲いかかる映像は何度もニュースで目にしました。

報道機関によるものだけでなく、地元住民の方が高台に登って撮影されたものもありました。

しかし、そこに人の姿はありません。

人々は一体どんな行動をとっていたのか?また、生死の分かれ目は何だったのか?

ずっと気になっていました。


東日本大震災の被害の様子を綴ったDVDの上映会と併せて、現地ボランティアスタッフさんが話をしてくださいました。

上映会の様子

半年間のボランティア活動を通じて、地元住民の方から直接聞いた生の声です。


■「東日本大震災は天災ではなく人災である」

大震災の2日前にあたる3月9日、実は、東北地方に最大震度5弱の地震が発生していた。

津波の高さは50㎝。幸い、人的被害も住家被害もなかった。

しかし、それが逆に仇となってしまった。なぜなら、多くの人々は津波を甘く見てしまったからだという。

リアス式海岸の港では高さ20mを超える津波が発生。全く予期できなかったのであろう。

屋上へ避難するも、津波にさらわれてしまった方は多い。

高台の山の方へと車で逃げるも、道が大渋滞を起こしてしまった。ようやく付近まで辿り着くと、友人が立っていた。

迂回したほうが早く高台に行けるという。

急いでその迂回路に回り込み、間一髪のところで助かった。

しかし、友人は助からなかった。なぜ、あのとき一緒に行かなかったのか。後悔の念に堪えないという。

津波は第一波、第二波、第三波と、その間一旦水位が下がるときがある。

逃げなければいけない方向と逆に向かう人々もいる。大切な何かのために戻ろうとするからだ。

しかし、それが命取りとなってしまった。

本当の最後、人は少しでも高いものに登ろうとする。

電柱に登る人々もいたが、それも虚しく大津波の来襲によって、なぎ倒されてしまった。

ある漁師さんはいう。

「この土地にまた家を建て、暮らしていきたい。」

「先祖代々から海の恩恵を受けて生きてきた。だから、海を裏切ることはできない。」

ある地元住民の方はいう。

「今回の震災は天災ではなく人災である。危機意識がもっとあれば、間違いなくこれほど多くの死者を出すことはなかった。」

「2度と同じ過ちを繰り返さぬよう、この教訓を未来永劫、次の世代に語り継いでほしい。」

ボランティアスタッフの方はいう。

「この現実を帰ってから多くの人に伝えてほしい」
スポンサーサイト



テーマ : 災害ボランティア
ジャンル : 福祉・ボランティア

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

gaku+

Author:gaku+
ニックネーム GAKU(本名:まなぶ)
1974年生まれ B型 水瓶座
平成6年から都内の某放送通信系企業に就職
技術・営業・企画と携わり現在に至る

カレンダー
08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
ACCESS